日本珠算 No.604より転載 

若者に生きる力を

有識者懇談会座長

川島 隆太
 


プロフィール

千葉県出身
東北大学大学院医学研究科 修了(医学博士)
スウェーデンカロリンスカ研究所客員研究員
東北大学加齢医学研究所教授
日本珠算連盟そろばん有識者懇談会座長
「脳を鍛える大人の計算ドリル」など著書多数

東北大学 川島隆太研究室 ホームページ

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脳科学研究のスタート

 私自身は、高校のときから、人はどこから来て、どこへ行くのかということを考えていました。この間題を解決する手段として、人類の最後をこの目で見ることができれば、人がなぜそこに存在したかということが確認できるに違いないと考え、私は、自分の脳をコンピュータの中に移植し、コンピュータの中で人類の最期まで生き続ければ、見ることができるだろう。そのためには脳を知ることが第一だと思ったのです。

 大学に入って一番興味を持ったのは大脳生理学で、脳というものの仕組みを生理学的に知ろうということにひときわ興味を持ちました。東北大学には、ポジトロンCTという装置があります。人間の脳の働きを画像化できるという装置を国立大学で最初に持っていたんです。

 私は大学院に入って、脳と心の働きを見つけ出すためにポジトロンCTという装置を使って人間の脳の研究をしたいと考えました。しかし、当時は、ポジトロンCTという装置の正しい使い方を誰も知らないという時代でした。

 そうした中で私が考えたのは、まず使い方を知るためには、先行の大脳生理学の研究者たちが何を考えているのかを肌で掴もうと思いました。

 そこで東北大学の丹治順教授にお願いして、なるべく離れたところで、サルなどを使ったシステム神経科学ができる教室はないかということを聞き、そこで京都大学霊長類研究所の久保田競教授を紹介していただき、1年間勉強させていただきました。基礎の学者としてイロバのイから教わりました。そこでサルを使った学者たちが何を目指しているかということを、一緒に研究するこ
とができて東北大学に帰ってきたんですが、まだポジトロンCTの使い方はよくわからないという状態でした。

 その研究活動の中で、実は一つの論文に出合ったんです。これはスウェーデンのカロリンスカ研究所のローランド教授が書いた論文で、思考中の脳活動をとらえたという論文(『Journal of Neurophysiology』掲載)でした。久保田先生から「こんなのが出ているよ、見てごらん」と言われたんですが、まさにそれが、私がやりたかったことでした。人間の精神活動をポジトロンCTという装置を使って画像化した論文を先に出されてしまい、すごいショックを受け、それができた人に師事したいと考え、大学院卒業前にローランド先生に「研究させてください」と手紙を書いて出したところ、すごく幸運なことに、ローランド先生から「来てもいいよ」という手紙が返ってきました。私は大学院を終えた後にカロリンスカに行って、ローランド先生のもとでポジトロンCTを使った脳研究の方法を一から教わって、2年間研究して帰国しました。その時は、日本ではまだわからない状態が続いていましたので、スウェーデンのカロリンスカでやっていたシステムを日本に持ち帰って、いくつかの大学で使い方を教えたりして脳研究の仕方を広めることもしました。

留学時代の経験

 留学先の生活は非常に幸せだったという思いがあります。一番は日本の大学の中にあるいろんな雑用から解放され、客員研究員として、研究だけに専念できたこと。それも自分が一番目指している研究をストレートにさせてもらえたこと。同じカロリンスカに留学された方でも、ほとんど研究することもなく、毎首、試験管を洗っていたという方もいらっしゃったのですが、私が師事したローランド先生は非常にフェアな方だったので、私自身に研究のテーマをくださり、私が仕切って研究する環境をつくってくださいました。研究の計画から論文にするまでの一連の作業を全てお手伝いしていただきながら研究させてもらえました。これはもう何にも代えがたい財産だと思っています。カロリンスカでは、実際にノーベル賞を受賞された方が、セミナーをされるんです。2年間に2回聴きに行って、これも自分にとってはものすごく刺激的なエネルギーになったと思っています。カロリンスカでの2年間がなかったら今の私は、確実にここにはいないと思っています。

 この留学によって、研究に対する情熱、思い入れというものに格段の変化が起こりました。留学に行く前は適当に楽しくやって、うまくいかなかったら医者になったらいいやという気持ちが、まだどこかにありました。ただ戻ってきてからは脳科学という研究で一生頑張っていこうという強い気持ちを持ちつつ、かつ日本はまだ発展途上でしたから、日本でのパイオニアとして引っ張っていかないといけないという責任感も芽生えていました。


脳科学研究の目的

 私たちは、人間の脳研究の立場から社会に貢献したい、還元したいと考えています。

 私たちの大脳は大きく4つに分かれており、前の方にあるのが前頭葉という脳です。前頭葉の中には運動の支配をしている運動野という場所、その前方に広がっている前頭前野という場所があります。この前頭前野という場所が人間としての最も高度な機能を持つ場所だと考えられています。そこで私はこの前頭葉の前頭前野と呼ばれる脳の働きに一番注Hしたのです。不思議なことに私たち人間だけがものすごく大きな前頭前野を持っています。人の次に高等な脳を持つ類人猿たちも、大脳の中ではほんのわずかしか前頭前野という領域はありません。この前頭前野の脳の機能は、昔は、何をしているのかほとんどわからないと言われていました。ところが最近、私たちが行っている人間の脳研究によって非常に大切な機能があるということがわかってきました。

 前頭前野の機能には、

 ・たとえばものを考えたり、新しい事をつくり出す創造力
 ・きちんとコミュニケーションする力
 ・自分自身の行動や感情、高ぶったものを我慢する力
 ・記憶や学習をする力
 ・私たちがモチベーション、やる気といっているもの
 ・自ら何かをしようという自発性

という事柄を制御していることが見えてきました。私は、前頭前野の働きを知れば知るほど、子供たちをどう伸ばすかという答えが前頭前野の機能にものすごく強く結びついていることに注目しました。今、教育界では、子供たちに「生きる力」をつけるということが大目標になっていますが、その「生きる力」というのは本来、何だろうか。私の考えですが、「自発的」に「意欲」を持って「考える」、そういう子供に育てることが生きる力をつけるということだと思っています。これは3つとも前頭前野の働きです。さらに、学校でたくさん学習してもらう、学習した内容から新しいことを創造していけるような創造力の豊かな子供に育てるということではないでしょうか。「学習」「記憶」「創造力」、すべて前頭前野の働きです。

 私たちは、この脳科学の知識や技術から子供たちの前頭前野を、より健全に発育させるための工夫というものが見えてこないか、たとえば前頭前野をより発達させるための家庭の中での親子のあり方、とか、前頭前野をより発達させるための学校の中での子供たちの学び方、というようなことが見えてきて、ある方程式が書ければ、これは非常に世の中に役に立つだろうと考えています。何かをすることが脳の発達によさそうだという事実が見つかったとしても、それを子供に積極的にやらせることは怖くてできませんし、倫理的にもされることではありません。まず大人をモデルにして研究をしてみようと思ったわけです。そうした中で、私は医学の経験から認知症になってしまわれた方々に、そういう生活介入を行えば、一番結果が見やすいだろう。黙っていても脳機能が低下していく人たちに何かをして脳機能が改善できた、よくなったという情報が出れば、これはいい方法だという証明になります。私たちはあくまで子供たちを見据えながらも、入り口として高齢者、大人の研究から入り込んだというのが、現在の状態です。

認知症対策としての研究

 私たちが、前頭前野をたくさん働かせる工夫として、最初に偶然発見したのが、計算をしたり、文字を読んだりということで脳がよく働くということでした。

 これは自分自身が頭を使っているという感覚とは全く別に、脳だけがたくさん働くという性質があるということを見つけ出したのです。

 これは子供に対して考えると、すごく良いメッセージになります。学校できちんと勉強すれば、自分たちの脳の発達を促すことができる。こんなすばらしいメッセージが発信できるという気持ちでわくわくしながら、我々の仮説を実証するために、高齢者の研究、認知症の研究を行いました。

 私たちは認知症になってしまった高齢者の方々に、実際に数を読んだり、計算したり、文字を読んだり、文章を読むという、ドリルを使ったトレーニングを行いました。これがJST(独立行政法人科学技術振興機構)の補助によって行った最初の研究です。

 これを認知症の方々にやった結果、笑顔が全く出なかった方々が、ドリル教材をやって2週間、3週間で笑顔が出てくる、そのうち言葉が出てくるようになった。さらに驚いたことに、たとえばおむつをしていた人たちがトイレに行きたいと言い出して自分からトイレに行くようになったという、劇的な変化を見ることができました。

 これらの例は医学の常識では奇跡の範囲に入ってしまうものです。こういうことが自分の目の前で起こることは予想していなかったのですが、実際に目の前で見てしまったものですから、私たちは子供のためにやっていたプロジェクトですが、

そろばん有識者懇談会の印象

 そろばんに対して文化的な価値や歴史的な価値観も含めて様々な価値観を共有する方々が集まって、現在のIT化にうがった教育のシステムを憂えているというのが私の目には見えています。ただ、科学者として、私が懇談会に参加するのですが、憂えているだけでは何も進みません。また自分の信念だけを語っても今の人はついてきません。ですから、私が座長として存在しうる最大の理由は、やはり自分たちの経験の中で信じているものを客観的に証拠として提示していく事だろうと思っています。これまでどうしても教育の世界は人文科学が中心で、自分がどう考えるか、いわゆる有識者がどう考えるかということで、ものを言おうとしていましたが、私は、たとえ有識者であるとしても個人の考えには価値観を見出せません。そこをきちっと、ある意味、統計や科学を使って、形あるものとしてそろばん教育のよさが見えてくれば初めてそれは大きな声になって、IT化に乗って進んでいる社会の中で立ち止まる力になるだろうと思います。立ち止まる力がなければ、当然流されていってしまい、次第に声は小さくなり、やがてそろばんというものは消えてしまうであろうという運命は間違いないと思います。そういう意味で立ち止まる力をどうやって科学的に持つかというのが私の仕事と考えています。

珠算教育に関する研究

 珠算教育に関する研究は有識者懇談会でまさにこれから始めようというところです。ある程度の芽は見えてきているという気はしています。脳の研究からいうと、そろばんを使うときに前頭前野が働くということが明らかになっています。ですからそろばんをすることで脳が働くというのは事実です。毎日そろばんを使って学習する、もしくはそろばんを趣味として使うことによって、人として生きる力がついてくるかどうか、ここら辺がこれから証明していかなければならないところと思っています。しかし、さまざまな珠算教室の先生方の声を聞いていると、子供たちにいろいろな力がついているという感覚を皆さんもたれているようですので、きちっと研究すればそれを数値として表すことができるだろうと思います。

そろばん塾の子供たちに伝えたいこと

 私たちが最先端の脳の機能の研究をしていると、実は私たちの祖先・先輩たちの作り出したものが非常に優れていることが分かってきました。たとえば、学校で学ぶということに関しては、日本古来からの寺子屋という学び方が非常に優れていることが見えてきました。寺子屋では数や文字を大事にした勉強が行われ、特に数の勉強ではそろばんが大切にされてきました。ですから今の最
先端の科学で見ると、実は寺子屋で行っているような勉強の仕方というのは、私自身すごくよいことではないかと思います。ですから胸を張って先人たちに学ぼうではありませんか。

 勉強することは格好悪いことでも何でもない。勉強することで自分が自分の夢に近づいているんだということも私たちの脳の研究で分かってきているので、勉強を馬鹿にすると、将来自分の夢が叶わない。これは高校に行くとか、大学に行くとかいう小さな話ではなく、もっともっと大きな、自分が大人になって何ができるかということが、非常に狭くなってしまう、というのが私たちの脳の研修で分かってきたので、是非胸を張って勉強してもらいたいと思います。

先生方に伝えたいこと

 IT化社会の中で、楽で便利で何でもできるということを私たちは作り上げてしまいました。科学技術が進んだということはありますが、実は失っているものも多いのではないかと私は考えています。そろばんと少し離れますが、大人が漢字を書けなくなっているのは最たるものと思います。書くということをIT機器に頼ってしまうがために、漢字忘れが起こっているのです。計算も同じことで、計算することをITに肩代わりさせたがために、現実問題として引き算が上手くできない大人が出てきたり、繰り上がりのある足し算が苦手な大人が沢山出てきている、という現実から私たちは目を背けてはいけないと思います。自分の頭を使いながら計算する暗算は便利なものでありながら、脳を便いつつ計算を行っているというところに、電卓などとは大違いであると思います。日本古来から先人たちが作り込んできたそろばんというものを見直してみるということは、今IT化社会だからこそ大事なのではないかと考えています。

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