講習会のまとめ 第二回 第一講座「そろばんスキルと研究活動」 2009/09/21
講師 京都大学大学院医学部 研究者 田中 瑠璃子先生
1.自己紹介 
両親が珠算塾を経営していたため、幼少の境からそろばんをおもちゃ
のようにして遊んでいました。実際にそろばんの練習を始めたのは小学
1年生からで、中学2年生頃まで練習していました。成績は珠算1級に
満点合格し、競技会にも数多く出場しました。
高校2年生の頃、大学進学にあたり将来どのような仕事がしたいの
か?と悩んだ末、もっと自分の“からだ”について知りたい!資格を取
得し、女性も安心して働き続けたいという思いから医学部保健学科に進
学しました。大学では「臨床検査技師」という資格を取得するコースに
在籍しました。臨床検査技師は、心電図・脳波検査・血液検査・超音波・
輸血・MRI・病理検査などを行います。4年後国家試験に合格し、
検査技師の資格を取得しました。
しかし、大学で講義を受ける中で検査法が発達しても付随する治療法
はない疾患が沢山あることがわかり、患者さんにとって検査法の発達は
必ずしも有益なのだろうか考えるようになりました。そこで、検査法と
治療法向上の双方の発展に寄与できるのは研究ではないかと思い、大学
院に入学しました。現在は、附属病院の輸血細胞治療部に所属し、研究
スタッフの先生から教わりながら一緒に研究に取り組んでいます。年1回
アメリカで行われる学会でも発表を行い、年々内容が充実したものとなっ
てきました。また、現在の専門とは異なる基礎分野での研修として、イタ
リアのがん研究所に滞在しました。その研究所にはヨーロッパ中から沢山
のスタッフや学生が集まり、彼らと4か月間自主研修を楽しく過ごしました。
2.研究について
◎白血病の完治を目指した研究を行っています。
白血病には様々な種類がありますが、私は「憬性骨髄性白血病(CML)」 と呼ばれる病気を研究の対象としています。CMLは約10万に1人発症 し、60歳以上に多く見られる疾患です。CMLはフィラデルフィア(Ph)染色体からBcr-Ablタンパク質が作られることが原因です。2000年までCMLは治療によって回復する割合は10%程度でしたが、分子標的薬「イマチニプ」の登場によって、奏功率は80%を実現しました。分子標的薬とは、これまでの抗がん剤とは異なり、正常の細胞ではなく異常の起こったがん細胞に特異的に働くようにした薬剤のことです。現在も、CMLだけではなくリンパ腫・乳がん・大腸がん・肺がん・腎がん…と様々ながん治療で、分子標的薬は使用されています。
しかしながら、分子標的薬イマチニプでも治療効果のない(=耐性) 症例が多く報告されるようになってきました。現在、私が取り組んでいるのは、そういったイマチニブ耐性症例にも効果のある新規薬剤につい ての研究や、耐性の原因となっている点突然変異の検出法の開発を続け ています。 |
3.計算力と研究
医学・生物学の研究で用いる計算は、化学や物理学のような難しい文
字の多い計算式はほとんどなく、基本的な計算と、得られたデータを統
計的に処理する計算に分かれます。前者については、希釈率や細胞数の
計算といった基本的なものであり、後者については複雑な計算となるた
め専用のソフトウエアを用いて計算します。本講座では、我々が普段実
際に行っている計算を体験していただくために、例題を用意しました。
「200,000個/mLの細胞液があり、目的の実験を行うためには5,000,000
個の細胞が必要であるとき、細胞液は何mL必要か。」といったものです。
答えは5,000,000/200,000=25mLとなりますが、普段の実験時
にもこのような計算を繰り返し行っています。もちろん、このような数字
はあくまで一例ですが、数字の概数を据えることは実験の準備段階から実
行段階まで、必要な感覚といえます。また、この計算を間違えると実験は失
敗に終わるため、簡単な計算であっても正確に行う必要があります。
4.研究を“伝える"

| 研究の世界とあまり馴染みのない方々にとって、研究者のイメージと
はどんなものでしょうか。もしかするとアニメの御茶ノ水博士を想像す
る方もおられるかもしれません。確かに、これまで研究者の多くは、あ
まり一般社会に向けて情報発信をする機会が少なかったとも言えます。
|
私もその活動の一環として、『実験教室』という形で小・中・高校へ
出かけたことがあります。ある大阪府の私立小学校で行われた実験教室
では、小学生2・3人に大学院生1人が付き添いました。普段の授業で
は実現できない人材・人数配置です。そして実験教室では、実際に先端
の研究・開発を行っている大学院生たちが科学のおもしろさを、楽しく
分かりやすく伝えています。これは、暗記ではなく子供たちの科学に対
する正しい知識を提供することを目的としています。〈実験教室はふた
つとして同じものはない〉 というのが、実験教室のコンセプトです。す
なわち、ひとつひとつの教室を現場の先生方のニーズを聞き取った上で、
若手研究者と共に、子供たちに最も適したプログラムを丁寧にオーダー
メイドで作り上げています。
昨今、インターネットを見ておりましてもそろばんに関するニュース
が数多く取り上げられています。こういった流れにのって、そろばんの
先生方にとっても「アウトリーチ活動」を進めてほしいと、切に思って
おります。
また、第1回日の講義で「算数・数学における問題解決力」について
お話をされていた時、研究と通じるものがあると感じました(右図)。
では、そろばんに求められるものとは何かを考えてみますと、計算力(速
さ、正確さ)だけではなく、算数・数学力の向上や集中力、そして問題
解決力などが挙げられるかと思います。そしてそろばん塾に通われる生
徒やその保護者は一体どういうものを求めてそろばんという習い事を選
択したのか、あるいは、そろばん(塾)が学校や地域に果たす役割とは
何か、といったことを追求することは、先ほど申し上げた「ニーズ」を
聞き取ることであり、そろばんの先生方にも重要な姿勢なのではないか
と考えております。
〈算数・数学における問題解決力〉
・与えられた事象(数学的・日常的)から、問題解決のカギとなる
要素を取り出す
・(数学的な)関係や構造を見出す
〈研究における問題解決力〉
・解決したい問題のカギ(キーワード)をみつける
・論文や教科書、学会や研究会で現況を把握する
・実験計画やモデルを作製する
5.最後に
研究に求められるスキルのうち、基礎体力・学力はもちろんのこと、
これからは【伝える/伝わる】ことも必要となってきました。我々のこ
ういった「伝える」という活動が、そろばんの先生方にご参考になれば
幸いです。本日は貴重なお時間を頂戴しまして、ありがとうございまし
た。 (教養委員 北口眞住子)
大阪珠算月報 696号 平成21年11月21日発行 より転載
