そろばん立ち話 『災害への対策』 常務理事 西川善彰 2011/10/15

 

 

 自然には、畏れ敬わねばならないと思った。自然と調和しなければならないと思った。東北の大震災・津波は歴史に残るだけでなく、人間のあり方も考えさせられる。遭遇された方は不運としか言い様が無い、お気の毒であった。阪神大震災のときも同じ思いをした。

 

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 津波に関しては、先人が残した、「ここまで津波が押し寄せた」という未来の人間への警告の石碑までも乗り越えた。その教訓を無視したため、今回の災害にあった地域もある。誰が見ても安心であると思った超巨大防波堤は、日常生活を安心させたが、自然の脅威には無力でしかなかった。

 

 毎年のようにやってくる大雨や台風、とくに大阪の人間は不感症になっていないだろうか。(右欄上へつづく)

 



大阪珠算月報715号(2011/10/15発行)より承認転載

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(左欄下より)

 今回、検定施行に際し、暴風警報に対する大阪珠算協会の指示は適切で小回りのきくものであった。あとでブロックの中でお互いの了解ができればよかった。塾長の判断で決定でき適切な判断ができたと思う。

 

 しかし、警報に対する考えは、各塾の判断は怖いと思った。何故、警報というものがあるかを考えてほしい。私の教室の生徒は警報が出ているときに、近くの川で流され死亡している。そろばんの練習の行き帰りであれば一大事であった。警報のときにトタンや瓦が飛んだこともある。テレビでは、木が倒れている映像が流されていた。

 

 もし、この警報の最中に、検定を強行し、何かが起こればどんな申し開きをするのだろうか。

 

 中級検定だから、教室で練習中に適当にやればいいというものではないと思う。教室でやれるようになっていればこそ余計に厳正にできる環境を作ってあげたいものである。

 

 改めて、検定委員会の指示に感謝したい。混乱を招かなかったのは良かったと思う。

 

 しかし、各教室の裁量に任されたとはいえ、警報が出ているときに強行するのは考えものであると思った。警報は万が一の事を避けるために出されている、万が一のことを考えてほしいと思う。何もなければ幸いだが。