そろばん勝手に紹介親爺 「コソボ」ってご存知ですか? 岩田 光弘 記

 

 ヨーロッパって西欧、南欧、北欧だけではありませんよね、-バルカン半島もあります、他の欧州と較べてマスメディアへの露出度も少なく地味な国々の集まりです、でも日本人には馴染みの人もいます。

 

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 2010年Jリーグを制したJ1名古屋グランパスのストイコビッチ監督や
元全日本監督オシムさん達はこの地の出で、サッカーの盛んな土地です。


 この地域に第二次大戦後成立した 故チトー元大統領率いる旧ユーゴスロバキア社会主義共和国がありました。


 その国は1980年にチトー氏が亡くなり、崩壊し、紛争が各地で発生し
何カ国にも分かれました。「コソボ」はその内のセルビアに一自治州として存在していました。他のバルカン諸国と一緒でキリスト系とイスラム系の対立による民族紛争により1999年の「コソボ紛争』がおき、2008年にコソボ共和国として独立をはたしました。人口は215万人といわれ岐阜県と同じくらいの面積です。

 

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 その国に国連の法務部に勤める娘が転勤になり、のこのこと定年退職したばかりの私が2010年5月中旬より約一ヶ月滞在しました。


 紛争以来国土はかなり荒れており、穴ぼこだらけの幹線道路だし、深夜は断水し、停電もかなりありーーしかし住めば都 再訪いたしたく、なにかできないかなーと考えまして

そう、そろばんのを紹介したいと思い付き、そろばんのメーカーに問い合わせ大阪商工会議所内大阪珠算協会にたどり着き、毎週土曜日午前中外国人向けの無料の講習をしているからそこで brush up したらどうかということで、50年ぶりにそろばんの授業を受講させいただきました。小学校の時に珠算2級とったとはいえーー

 

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 大阪珠算協会には大変お世話になりました。9月中旬に出発する際にはテキストや資料を段取りよく整えていただきましたし、途中の私の依頼を気持ちよく処理していただきましたし、とっても助かりました。
この場をお借りしてお礼申し上げます、ありがとうございました。

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コソボへ 


9月20日にトルコ、イスタンブール経由コソボ共和国プリスティナに到着しました。事前に現地のJICAの女性担当者の方とメールのやり取りはしていましたが、正直彼女の方もどうしたもんかだったと思います。当地にコソボ日本友好協会という団体がありコソボ人の日本への留学経験のある若い女性が実働主体で、日本の宇宙船地球号というnpo法人のボランティア事業に賛同しロマ人の定住施設訪問に同行したりしました。在留邦人も大変少なく国連で4-5人、民族融和事業を行っている男性、 カトリック系のボランティアをしている女性等全部で10人ぐらいでした。


コソボ日本友好協会の大学卒業まじかの女性がそろばんを教えて、ということで、インストラクターの養成に何とか目途がたったのは到着後すでに一週間たっていました。


幸運だったのは彼女の母親が高校のアルバニア語(母語)の教師で亡くなった父親も教師でいろいろな情報が得られたことで、どういう行動をとったらよいのかが読めるようになり、それと共に彼女への特訓がはじまりました。毎日4時間たぶん最初のコソボ人そろばん使い手です。

(右欄へつづく)→↑

 

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岩田光弘先生 2011/01/02 投稿

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↑→(左欄より)
最初の小中学校の授業 フシェコソボ小中学校9年制首都プリスティナより車で25分位のところにフシェーコソボ市がありそこの小中学校で教えてみないかとの話があり説明のつもりでいったのですが いきなり5-6年生の子供たち15人ぐらいが部屋で待っていまして、そろばんの紹介授業がはじまりました。コソボは教室が足りなくすべて2部授業で朝8時から12:30迄と13:00から17:30迄で先生も2シフト体制、従いまして40分のみという時間の制約、教室もどこでおしえるかでうろうろしました。そろばんも人数分足りなくて2人でひとつを使う場合もありました。

 

ここの小学生には10回延べ約100名、入れ替わり立ち代りだったので系統だって教えられなかったですが一番進歩した子で10の繰り上がり、繰り下がり、がやっと理解したところです。

 

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英語をある程度は理解するんですが、アルバニア語で彼女が大きな声で説明すると それは迫力ありあっという間の40分でした。ごめいさんを大きな声で言わせ、また彼らも大きな声でこたえてくれました。

マリシェボ小中学校 9年制プリスティナから車で3時間の農村地帯にある学校で 日本人の援助で出来た学校で 合計3日間10回延べ160名、小学校4年生位から中学3年生位までひと通り日本人の紹介とそろばんの練習ができました。

 

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ここでも ごめいさん ごめいさん 大きな声で言わせ賑やかでした。さすが14-5歳になるとうるさいですね、男の子ひとりアシスタントの彼女に言われ外にだされました。どこでも一緒ですね、 最後に訪問した日は5時間ぶっとうしで、若干くたびれましたが。


ここの帰りに寄るレストランの野菜はおいしかったですね。 ちいさな学校で帰る時には大騒ぎです。ここはそろばんの紹介のみですが先生たちにも説明できたのは良かったと思っています。


この学校にそろばんに似た大きな玉を使った計算器をみつけました。どこにもあるようです。

 

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プリスティナ市のユースセンター 


選抜された4,5年たちでまじめで優秀な子供ばかりで、ここでは今でもアシスタントの彼女が教えています。


ここでは系統だって教えることが出来、掛け算も始めたようです。私が持っていったそろばん十三丁では足りずやっと後日郵送したそろばんを足して自宅に持ち帰り、自習復習できるようになり、進歩が期待できそうです。


ここの子たちは暗算や読み上げ算が楽しいみたいで、ここでも ごめいさん ごめいさん です。

 

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番外篇で5-6回国連の娘の同僚達に指導をしました。ネパール料理店だったり、東京というフィリッピン料理店だったりしてどっちが主かわかりませんが、それは それなりで楽しいものでした。

また私が帰国した後にjapanーdayも行われ子供たちがきてくれて 腕前を披露したと報告されました。


セルビアで剣道を教えているJICAのシニアボランティアの方もみえたらしいです。

ともかく自己満足ですが少しだけそろばん というものがあるということ紹介できたこと、また私のなかではいろいろな人と出会えたこと、こんなことしなかったら得られない経験できました。

 

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