珠算再考 京都大学大学院医学研究科 医科学専攻 博士後期課程2年 田中 瑠璃子 |
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やっと珠算塾生になったのは、小学校に入る少し前でしょうか。数字練習帳だった教則本と同じものをもう一冊手にし、そろばんの練習が始まりました。当時は初級者と中級以上の者では座る席が離れておりましたから、遠くから上級者たちの珠をはじく豪音が聞こえたり、あるいは同級生たちとは成績を互いに競い合いながら練習をしていたり、そんな教室の風景が今も記憶に残っています。また年に1~2度、競技大会前になると各地域の塾生が一堂に会し、朝から晩まで一日缶詰状態で練習したこともありました。夕方には激しい頭痛と鉛筆も握れなくなる程までに疲労し、自身のこれまでを振り返りましても数少ない経験(訓練)となっています。 現在の私はといいますと、珠算からは随分離れ、附属病院にて白血病の病態やその治療法開発に関する研究を行っています。我々の世界では、物理学や化学で用いられるような、文字式や数式計算はあまり行いません。薬剤の濃度や細胞数の測定といったように、数値計算がほとんどです。たいていの場合、コンピューターソフトや計算機など用いて算出することが多いのですが、私は可能な限りにおいて、必ず自分の手(頭、すなわち暗算)での結果確認を行っています。その理由は、機械は便利である一方で、入力ミスや転記ミスといった「人為的なミス」の発生を完全に防ぐことができないと考えているからです。もし仮に、使用者の「計算力」が伴わないために、機械を過信して出力された計算結果を鵜呑みにしてしまうと、どのような事態となるのかをご想像できますでしょうか。例えば、薬剤の濃度計算を正しく行わないままに、患者様に投与してしまった場合、単なるミスでは済まされません。また、ある計算ひとつ間違えただけで、長い期間と開発費用をかけて取り組んできた実験を初めからやり直さなくてはならない、そんな事態も起こりうるのです。 考えてみますと、この行為はまさに珠算における「検算」と呼ばれるものであり、自分の出した答えが本当に正しいのか再確認する作業と通じるものがあるのではないかと着想しました。もちろん日々の研究生活において、「検算しなさい」と指導教官から教わることはありません。単なる検算に限らず、「結果に対して再考する」という姿勢は、自身の実験を正確に、そして着実に進めていくための知識や工夫のひとつではないかと感じております。もしかするとその姿勢は、数分間に凝縮された珠算問題に挑んでいたあの頃に養っていたのかもしれません。 教育の形態や種類が多様化する中で、珠算は残念ながら少しずつその選択肢から遠ざかっていることを肌に感じることがあります。珠算スキルを体得すれば単に「計算が速い」だけではなく、それぞれの専門・業務において能力を発揮する広義での「自己学習」の機会であることを、より多くの皆様に認識いただけるようになれば、と願っております。 最後になりましたが、貴重なスペースを頂戴しました関係各位の皆様に厚く御礼申し上げます。 2009/05/11 寄稿 掲載 |