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”お道の庭師”米国で高評価 半世紀の業績讃え「デザイン功労賞」 カリフォルニア州立大名誉教授 |
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渡米44年、日本庭園の普及・発展に尽力してきた上杉さんは、全米に知られる庭師″の一人。異国におけ
る庭造りを通して、彼は何を表現してきたのか
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上杉さんは、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会「日本館」の庭園をはじめ、カリフォルニア州サンディエゴ市の日本友好庭園など、日米両国にまたがる国際的な活躍を続けてきた。なかでも環境に配慮した庭園デザインの分野では、数々の賞を受けている。 今回の受賞について上杉さんは「70歳を前に、お道の御用に一層励もうと心定めをした矢先の吉報だった。親神様・教祖から激励を受けた思い」と笑みを浮かべる。 庭師として布教する日系の教友たち 上杉家は代々、大阪で庭師を生業としてきた。信仰は祖父の代から。庭師13代目に当たる亡き父・清一さんは33歳で道専務となった。 大阪府立大学と京都大学大学院で造園学を専攻し、1965年に渡米。サンフランシスコ市内の造園会社で働きながら、名門カリフォルニア大学バークレー校造園科で修士号を修得した。一時帰国後、ポモナ校の助教授(当時)として招かれ、70年に家族を伴って再び海を渡った。 現地で上杉さんが出会ったのは、日本庭園の庭師として布教に励む日系1世2世の教友たちだった。日本の庭造りを通して、天理教という”だめの教え≠伝えようとする先輩教友の背中から、海外布教師の熱い思いを感じたという。 「見る庭園」から「集う庭園」へ ロサンゼルス市の日本人街「リトル・トーキョー」にある日米文化会館の「ジェームス・アーバイン・ガーデン(日本庭園『清流園』)」は、上杉さんの代表作として知られている。 80年に設計された同園は、米国養樹園協会から、最も権威のある「国立造園技術賞」を受賞。翌年、ホワイトハウスに招かれ、当時のナンシー・レーガン大統領夫人から表彰された。
国際会議2日目の3月27日、上杉さんは、この庭園の老朽化に伴う改修工事の意義や、5年間の改修工程について発表。前日には、現地で説明会を開いた。 さらに、お年寄りや体の不自由な人にも庭を楽しんでもらおうと、車いす通行を可能にするとともに、環境負荷を考慮した節電・節水システムを導入した。 なかでも、庭園を流れる小川には特別な思いが込められている。水の流れが変化する3カ所のポイントは、アメリカにおける日系人史を象徴化したものだという。 水が流れだす源流部は新天地に入植する日系1世、流れが二手になる分岐点は第二次世界大戦中の日系社会の葛藤、緩やかな合流地点は現代の日系社会のまとまりを表している ・・・と。
上杉さんは「現在のアメリカ伝道の姿は、いかなる艱難苦労の中も神一条の精神で通られた先人先輩のおかげ。アメリカ日系社会の象徴ともいえる『日本庭園』によって、彼らに感謝の意を表したかった」と述べるとともに、「私もその思いを受け継ぐ一人として、次代を担う道の若者たちに教えの素晴らしさを伝えていきたい」と語る。 |